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名古屋高等裁判所 昭和38年(う)528号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

三、弁護人の控訴趣意第三点(全被告人に関し)について

所論は、本件全公訴事実に対する訴訟要件たる名古屋税関長の告発は、右公訴事実たる犯則行為が行われた場所が、大蔵省設置法第二四条によつて名古屋税関の管轄区域外とされている神戸市であるから、権限なくして行われたもので無効である。又本件犯則事件の端緒は、愛知県警察官の適法な内偵によつて名古屋税関の管轄区域である一宮市内において把握されたのであり、その内偵の結果本件犯則事件の発生地即犯罪場所が神戸税関の管轄区域であることが早期に判明しているのであるから、同警察職員は関税法第一三六条により直ちに神戸税関長に通知すべきであつたのに、之を怠り、引続き自ら捜査を遂行してしまい、名古屋地方検察官に犯則事件の通知をなし、同検察官は、そのまま捜査を完了し、いよいよ公訴提起という時に至つて漸く急遽名古屋税関長に、その通知をして、両税関長の告発処分を見るに至つたという経過をたどつているのであつて、関税法第一四〇条の規定は全く無視されているから、この点においても右告発は適法でなく無効である、と主張する。

然しながら大蔵省設置法第二四条は、各税関の管轄区域を定めており、各税関の扱う事務は原則として、この管轄区域内に限られることは所論の通りであるけれども、右事務の内税関職員の犯則事件の調査に関するそれは、他の事務と違つて、犯則事件の性質上広範囲の地域にわたり、かつ敏速な処置が要請される場合が多いことに鑑み、右管轄区域に拘束されず、必要に応じて管轄区域外においても職務の執行が許されることは関税法第一三五条の規定により明かである。そして税関職員が犯則事件の調査の為に管轄区域外において職務を執行することができる以上、税関長は、税関職員の右管轄区域外での犯則事件の調査により犯則の心証を得たときでも、同法第一三八条により右犯則事件について告発する権限を有すると解すべきであるから、本件において名古屋税関長の為した告発は有効であると言わねばならない。又本件犯則事件について名古屋税関の職員及び税関長が調査、処分の権限を有する以上、愛知県警察官は本件について神戸税関に通知しなければならないものではなく、名古屋税関に通知すれば足るのであり、原審証人萩原恭六の供述記載によれば、愛知県警察職員は関税法第一三六条に従い、本件について名古屋税関に通知している事実が認められ、右通知後も警察職員は本件につき捜査を続行することは差支えないと解すべきであるから何ら同条に違反した点はなく、その他同条第一四〇条を無視した行為も認められないから、本件告発は有効である。論旨は採用できない。

四、弁護人の控訴趣意第四点(被告人江銘勝を除く各被告人に関し)について

所論は、本件公訴事実の行為地は神戸市であつて愛知県警察の管轄区域外に属し、然も本件は愛知県警察が警察法第六一条により管轄区域外に権限を及ぼし得る場合にも当らないから、同県警察が、本件の被疑事実を捜査し、被告人中野を除く他の六名の被告人を逮捕したのは違法であり、右逮捕に基ずく勾留も違法であり、右被告人等六名が本件について起訴された当時、右違法勾留により名古屋地方裁判所の管轄区域内に現在していても、右被告人等六名に対する本件の審判について名古屋地方裁判所に土地管轄を生ずることはなく、他に右被告人等六名に対し本件について名古屋地方裁判所が土地管轄を有すべき理由もないと主張する。

然しながら本件証拠によれば、愛知県警察は被告人等の逮捕に先立つ数ケ月前から愛知県一宮市所在の倉庫に本件犯則物件が運びこまれて来ていることを探知し、右貨物について関税賍物犯を含む関税法違反の犯罪を内偵していた事実が認められること、右貨物の搬入につき関税法違反の関税賍物犯の嫌疑が存するので、右一宮市内を管轄区域内に有する愛知県警察は右賍物犯の嫌疑について捜査するに当つて、右犯罪の本犯となるものと考えられ、従つて之と関連する関税法違反事件の捜査をすることが必要であることは明かであるから、右捜査の必要上前記被告人等六名について関税法違反事件の容疑で逮捕状を請求し、右逮捕状により被告人江銘勝を除く右各被告人を大阪府、京都市、兵庫県の各現在地において逮捕して愛知県警察本部に連行し、被告人江銘勝を名古屋市に出向いた際、同地で逮捕したのは、警察法第六一条所定の管轄区域内における犯罪の捜査に関連して必要のある限度で、その管轄区域外に権限を及ぼした場合であるから適法であり右逮捕に基く同被告人等に対する勾留手続も、適法なこと、従つて被告人等は何れも本件起訴当時適法な強制により原裁判所の管轄区域に現在したものであるから、刑事訴訟法第二条第一項により、右被告人等に対する本件公訴につき原裁判所が管轄権を有すること、以上は何れも原判決説示の通りである。

所論は原判決は刑事訴訟法第一八九条第二項に「犯罪があると思料するとき」とあるのを、単なる脳裡での想定だけで足るのであり、その想定が捜査記録中に、いささかも具現されておらず、如何なる犯罪について捜査に着手していたかが客観的に判明していなくてもよいという見解を判示しているように思われるのであるが、もしそうであるとすれば、右規定の解釈を誤つていると主張する。

然しながら、原判決の説示によれば、原判決が同規定の「犯罪があると思料するとき」とは単なる脳裡での規定だけで足るとはせず、特定の犯罪の成立を疑わしめるような客観的事情の存在を必要とすると解していると認められ、証拠によれば、このような客観的事情が存在したことが明かであるし、この犯罪の嫌疑の存在については必ずしも、それが捜査記録に具現されていることは必要ではない。従つて被告人中野以外の被告人等に対しては原審は土地管轄を有し、被告人中野に対する本件公訴事実は、その他の被告人等に対する本件公訴事実と関連するものであるから、刑事訴訟法第九条第一項第二号、第六条により被告人中野に対しても原審は土地管轄を有する。論旨は採用できない。<以下省略>

(判事西川力一 判事斎藤寿)

(裁判長判事小林登一は退官につき署名押印できない)

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